先人たちの技や精神を受け継ぐ挑戦者  三重の伝統工芸の若手職人グループ「常若(とこわか)」

2018.3.9

「日本のよさ」探し人 堀内みさ

つづきは三重で_常若メインV

伊勢志摩サミット会場での展示や
海外でのワークショップも
徐々に広がる「常若」の活動

手のひらにすっぽり収まるぐらい小さくても細密な彫刻が施され、遊び心あふれる「伊勢根付(ねつけ)」や、勢いある削り方で動物の形を彫り出す、素朴で温かみある「伊勢一刀彫(いっとうぼり)」、そして、自作の彫刻刀で気が遠くなるほどの細かな模様を手彫りする「伊勢型紙」、女性らしい感性をいかしたどこかモダンな「漆芸(しつげい)。三重県を中心に活動する「常若」は、さまざまな伝統工芸を受け継ぐ若手職人によるグループです。

とこわか011A3182
「常若」のメンバー6人は、偶然にも全員、2010年前後に伝統工芸の職人の世界に。「異なる業種の職人が集まって活動するグループは、全国でも珍しいと思います」と、「常若」の発起人で、自身も根付職人である梶浦明日香(かじうらあすか)さんは話します。
メンバーはみんな30代。出身地や職人になった経緯はさまざまながら、共通するのは、三重の伝統工芸に強く魅せられてしまったこと。その熱意が、まったく知らなかった職人という世界の扉を開かせ、現在の活動を支えています。

【伊勢根付】
伊勢の最高峰、朝熊(あさま)山の
朝熊黄楊(つげ)でつくられる

根付とは、着物を着たときに、帯からタバコ入れや財布などの小物をつるし、持ち歩くときに用いた留め具のことで、着物や帯を傷つけないよう手触りのよいフォルムが求められます。加えて直径4~5㎝の大きさで、360度すべて彫り込まれているのも特徴。中でも伊勢根付は、伊勢の最高峰にあたる朝熊山の朝熊黄楊の木でつくられます。

●梶浦明日香さん

とこわか011A3548
▲伝統工芸を途絶えさせたくないと自ら職人となり、伝統工芸や職人の素晴らしさを発信

梶浦さんはかつてNHKに勤務し、津放送局での勤務時代に、キャスターとしてさまざまな職人を取材。伝統工芸の素晴らしさとともに、後継者不足の深刻な現実を知り、自ら職人となる道を選んだそう。

「常若」のメンバーは、梶浦さんが取材を通して知り合った職人たちの弟子が中心。当初は思いを分かち合える“飲み友達”がいたらと、梶浦さんが声をかけ、やがてグループで何かできたらと「常若」という名前を付けることに。グループ展が決まったことから活動が始まったと言います。

以来、年に1、2回、三重県をはじめ大阪の百貨店などでグループ展を行うほか、伊勢志摩サミットのときは、会場となったホテルに作品が展示されるなど、着実に活動の幅を広げてきました。昨年(2017年)は「常若」の英語版パンフレットも作成。ほどなくマレーシア、ベトナム、香港でのワークショップを実現させ、高い人気を得ました。「伝統工芸を受け継ぐことは大変なこと。熱意ある人みんなで活動できたら、何かが変わるのではと思っています」と梶浦さん。

とこわか011A3263

とこわか011A3265
▲端正な愛らしさがある梶浦さんの作品。黄楊の根付は使うほどにつやを増し、あめ色になって味わいが出るそう

「常若」の根付師は3人。他のメンバーにも話を聞いてみましょう。

●平泰平(たいらやすひら)さん

とこわか011A3469
▲現在「常若」の作品が常設されている、外宮前のギャラリー「伊勢菊一 金近(かねちか)」の店員をしながら、作品づくりを行っている

平さんは兵庫県出身。根付の存在を知ったのは、テレビ番組の特集がきっかけだったと言います。当時、親戚の家で農業に従事していた平さんは、番組を見た2カ月後、師匠である中川忠峰(なかがわただみね)さんの工房を訪ね、翌月には三重県に移住。「これだったら自分も打ち込めるんじゃないか、半ば確信のようなものがあった」と、職人の世界に飛び込んだ当時を振り返ります。
とこわか011A3304

とこわか011A3320
▲どこかほのぼのとした平さんの作品。根付づくりの修業は、まん丸な球体を手掘りでつくれるようになるところから。その後、クリの実など比較的簡単な形をつくりながら刃の動かし方を体得していくのだとか

「木の繊維に逆らうように削ってしまうと表面が荒れるので、削る場所に対してどう刃を入れるか、的確に判断する必要がある」と平さん。根付を購入した人が、他の人に見せたくなるような作品を作り、結果として伊勢根付を知る人が増える、そんな作品づくりがしたいと語ります。

 

●大眞(だいしん)さん

とこわかA71A7705
▲大学ではデザイン画や立体裁断など服づくりを学んだという大眞さん。現在は全工程を個人で行う工房がほとんどですが、個人でも分業でも制作ができる、職人同士が集まる工房をつくりたいという夢も

平さんと同じ師匠・中川さんのもとで学ぶ根付師の大眞さんは、三重県育ちながら、新聞で伊勢根付の展示会の案内記事を見るまで、その存在を知りませんでした。会場に行き、作品を初めて間近に見たときは、「手のひらで握れる小さな世界で、すべて表現できることが衝撃だった」と言います。また100年前の作品が現在も残っていることにもひかれ、その場で中川さんに弟子入りを希望。現在は三重県菰野町(こものちょう)で住職を務めながら、作品づくりに取り組んでいます。

とこわか011A3331

とこわか011A3333
▲「妖~ayakashi~」シリーズなど、独特の世界感がある大眞さんの作品。「昔の根付にも、おもしろいものがたくさんあります」と大眞さん

着物を着る人が減り、根付を飾りとして購入する人も多い中、大眞さんは時代に合う新しさを追求しながらも、あえて実用品であることにこだわり、「落としても欠けない、頑強さを保った彫り方があってこそ根付」と話します。

 

【伊勢一刀彫】
荒削りな彫りが魅力
宮大工が端材で彫った縁起物などが始まり

とこわか011A3341
伊勢一刀彫は、もともと伊勢神宮の造営に従事する宮大工たちが、遷宮時の残木を材料に、神宮参拝のお土産を彫ったことが始まりといわれています。

● 太田結衣(おおたゆい)さん

とこわかA71A7673
▲関東の美術大学で木彫を専攻。今は女性では珍しい伊勢一刀彫師として、各地の神社の干支を木彫りにしたお守り「えと守(まもり)」などを制作

ノミで木をたたき、彫刻刀で突く、その跡を残す荒削りな彫りが特徴の伊勢一刀彫。「削り方には勢いが必要です。それがないと、一刀彫らしくなくなってしまいますから」と、太田さんは言います。もっとも、力が必要な仕事でもあるため、「姿勢や持ち方を変えて彫り方を工夫し、手を壊さないようにしています」と太田さん。

 太田さんは三重県出身。祖父が毎年伊勢神宮の「えと守」を受けていたことから、一刀彫は身近な存在だったと言います。大学卒業後、実家に戻り、技術をいかした仕事をと考えたとき、まず思い出したのが一刀彫。やがて知人を介して岸川行輝(きしかわゆきてる)さんに弟子入りすることができ、現在は年間を通して神社関係のお守りをつくっています。

とこわか011A3449
▲一刀彫は基本的に置物で縁起物。お守りをつくることが多いため、「ありがたいお仕事だなと思いながら、1個1個つくっています」と太田さん

大学卒業当初は、木彫作家として活動していきたいという思いが強かったという太田さん。現在は、職人として、勢いがあってかっこいい面を彫る、一刀彫らしさを追求する日々です。「アートは表現から先に始まりますが、職人は技術あってこそ形が出てくる。技がいるものだと思います」。さらに、自分がいなければ伊勢一刀彫は残っていかない、という責任感も生まれてきたと語ります。

 

【伊勢型紙】
アールヌーボーやアーツ・アンド・クラフツ運動にも
影響を与えた技術と文様

とこわか011A3392

 ●那須恵子(なすけいこ)さん

とこわか011A3505
▲「死ぬまで彫り続けたいから」と、失われていく材料を確保するため、日々奔走しているそう

黙々と作業ができ、時間に縛られずに一生できる仕事を求め、印刷会社を退職して伝統工芸の職人をめざしたのは、伊勢型紙彫り師の那須さん。一般に型紙彫りは、着物の図柄を染めるため、耐水機能のある柿渋(※)を塗り、数枚貼り合わせた和紙に、文様を丹念に彫り抜いていく仕事です。※柿渋=渋柿の果汁を発酵、熟成させた液

伊勢型紙は、三重県鈴鹿市の限られた地域で千年以上にわたって伝承され、その高度な技術と日本独自の感性による文様は、ヨーロッパで流行したアールヌーボーや、イギリスで起こったアーツ・アンド・クラフツ運動にも大きな影響を与えたといわれているそう。「着物が好き、文様が好き、紙を切るのが楽しい。それが合致したのが伊勢型紙でした」と那須さん。もっとも、岐阜県出身の那須さんにとって、鈴鹿市は未知の土地。何度も通った材料店の主人が、那須さんの熱意に根負けし、親方・生田嘉範(いくたよしのり)さんを紹介してくれたそうです。

とこわかA71A7635
▲高度な技術と根気、忍耐が必要な伊勢型紙の仕事は、道具となる小刀を作ることからスタート。「昔の型紙を見ると本当にすごいんです。技術を覚えるほど、そのすごさを身にしみて感じます」

恥ずかしい仕事はしたくないと、日々先人たちに挑んでいる親方の姿を見て、「やればやるほど楽しいし、難しさも見えてくる。でも、難しさがおもしろさであり、やりがいでもある」と那須さん。一方で業界全体の仕事や材料が徐々に減り、将来を考え、あえて弟子を取らない職人が多い業界の現実に、危機感も抱いています。

 

漆芸】
伊勢神宮の神職が履く
浅沓(あさぐつ)にも使われる漆

とこわか011A3353

●村上麻紗子(むらかみまさこ)さん

とこわかA71A7786
▲服飾デザイナー時代に大量生産される消費の在り方に違和感を覚え、心をこめたものづくりがしたいと漆芸の道に

全国にある漆芸ですが、三重県にも漆の文化があると話すのは、漆職人の村上さん。「伊勢神宮の神職が履く漆塗りの浅沓や、一時途絶えたものの、後に復興された伊勢春慶(いせしゅんけい)という漆芸です」

村上さんは、香川県で讃岐漆芸を学び、その後、縁あって移り住んだ三重県で、2年ほど浅沓づくりに携わった経験があるそう。千葉県出身で、元は服飾デザイナーをしていた村上さんが漆芸の道を選んだのは、残るものをつくりたいという強い思いからでした。「三重にいるからこそ生まれる、他にはない漆芸品をつくるために試行錯誤の日々。素敵だなと手に取ったら漆だったという作品を作り、そこから漆の奥深い世界を知ってもらうきっかけになれば」。村上さんの夢は膨らみます。

 

とこわか011A3422
▲村上さんがつくった漆塗りの手鏡。制作工程が基本的なものだけでも40以上に及ぶという漆芸は「知るほどにおもしろい」と村上さん。漆芸品は高価ですが、それには理由があるというところを知ってもらうためにも、魅力的な作品をつくりたい、とも

 

 

職人は素敵な仕事-次世代につながる活動を

「仕事に没頭できること、何かを突き詰めていこうという使命感を感じられること。つくづく幸せな生き方をしていると思います」と梶浦さんは言います。一方で、職人として生きていくのは正直厳しく、道半ばで断念する若手職人が少なくないのも現実。

弟子として師匠の仕事ぶりを間近に見ながら、長い間、先人たちが守り、受け継いできた技術やその思いを肌で知る。そんな伝統工芸の精神や歴史を背負い、その素晴しさを発信する「常若」。伝統工芸を途絶えさせてはいけないという熱い思いが、彼らの活動を支えています。

* * * * *

豊かな時代になり、欲しい物はお金さえ出せば何でも手に入りますが、心をこめてつくられたものが身の回りにどれだけあるでしょう。伝統工芸品はたしかに高価です。でも一点もので、一生もの。さらに、使うほどに味が出る、自分で育てる喜びがあると、今回の取材で教えてもらいました。

「先人たちが残してくれた技術だけでなく、思いも受け継いでいく」。取材中、印象に残った言葉です。ひとつの工芸品を使うことを通して、多くの思いに触れる、つながる。心の豊かさは、もしかしたらそんな小さなことから始まるのかもしれません。脈々と続く歴史を背負い、自分がやめたら途絶えてしまうというプレッシャーの中、伝統工芸の素晴らしさを発信するため奔走する若手職人たち。その熱意が多くの人の心を動かすことを、心から願わずにはいられません。

三重の伝統工芸品
三重県では、県内で作られ、受け継がれてきた伝統性のある工芸品の中で、要件を満たす38品目が伝統工芸品(経済産業大臣指定5品目、県指定33品目)に指定されています。伊勢形紙(※)は経済産業大臣指定、伊勢根付と伊勢一刀彫は県指定の伝統工芸品です。その他の「三重の伝統工芸品」はWebを。パンフレットもあります。
※伊勢形紙と伊勢型紙=昭和58年に「伊勢形紙」として国の伝統的工芸品(用具)に指定されました。資料や団体などによって、「形」と「型」の両方の表記が見られます。
三重の伝統工芸品 http://www.pref.mie.lg.jp/CHISHI/HP/72503045146.htm
今回紹介したのはこちら。
★常若
https://tokowaka.jimdo.com/
常若メンバーの作品が常設されているギャラリー
★伊勢菊一 金近
住所 伊勢市本町6-4、シャレオ2階
電話 0596-63-5410
営業時間 午前10時〜午後6時、水曜定休
http://isekikuichi.com/kanechika

関連情報
一般財団法人伊勢伝統工芸保存協会

■つづきは三重で 鈴木知事取材
めざせ!伊勢型紙職人 女性2人が夢を追う!