三重県の里山でビジネスチャンスをつかめ!リーダーになったのは東京からの移住者からだった。

2017.7.7

「つづきは三重で」市民記者

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【取材】キャスターマミ

三重県大台町、山深い大杉谷地区の2月。所々に梅や桜が咲き始めている。一気に春めいたように暖かな日差しの中、地域の皆さんが集まって何かしている。

 

聞こえてくるのは電動ドリルの音。

たくさんの丸太があって、それに穴を開けているようだ。

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木で何か作っているのだろうか?

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話を聞いてみることにした。

地元のお父さん:これから椎茸を作って、肉厚の大きな生椎茸としてブランド化して売り出そうと、菌打ちをしているんだよ。

―椎茸作りってこうやってやるんですか!初めて見た~!

「原木椎茸」というやつですね。

ーーーしっかりと手間をかける椎茸の菌打ち

直径15~20センチ、長さ約1メートルの原木。

クヌギとシデの木だそうで、「クヌギの方が長持ちするからいいんだよ」と話していた。

 

電動ドリルで決まった数の穴を開け、

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そこに菌を打ち込んでいく。

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打ち込む菌の数、なんと4,000!丁寧な手作業。

私も手伝ってみた。穴を開けてもらった木に金槌で菌を打ち込む。

楽しい♪集中して、あっという間に1時間経過。慣れない作業に右手が悲鳴をあげる(泣)。
もっと手伝いたいのに、情けない。

地域の皆さんはうんと年上なのに、「疲れた」の言葉が出ることもないのだ。

 

ーーー食感はまるでアワビ。手のひらサイズの椎茸

お母さんがお昼ごはんを用意してくれて、一緒にいただいた。

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穏やかな陽気の下、テラスでいただく手作り椎茸ご飯。

肉厚で歯ごたえのある大きな椎茸がゴロゴロ入っている。食感は、まるでアワビのようだ。

 

地元のお母さん:厚みがすごいでしょう?手のひらくらいの大きさの椎茸なんだよ。私たちが作ろうとしているのも、こんな椎茸。うまく育つといいねぇ。

椎茸

お昼を食べながら、地域の皆さんが話し始めた。

過去には、地域に住むほとんどの人が自宅で椎茸を栽培していた。
菌類である椎茸は、日当たりの良い場所では育たない。山々に囲まれたこの地域は、日照時間が短い。それに加え、日本屈指の雨の多い大杉谷地区は湿度も高い。上質な椎茸が育つ条件が満たされているのだ。
干し椎茸を作る乾燥機などを持つ家庭も多かった。
しかし、高齢化と人口減少により、生産者の数は減少の一途をたどっているという。

ーーー改めて椎茸作りを始めたのはなぜ?

そういえば、写真にもちらほら写りこんでいる彼。

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地域の皆さんと楽しそうに話しながらここに馴染んでいるけれど、輝く笑顔でイケメンオーラを放つ彼は、ただ者ではない気がする。

彼こそ、この極上椎茸プロジェクトのリーダーなのだ。

リーダーの中村康一さん(38歳)は、東京で生まれ育った。20歳頃から田舎に憧れるようになり、田舎への移住を考えるようになる。

昨年9月に大杉谷への移住を実現され、地域活動に積極的に参加することで、この地域の魅力を知る。しかし一方で、課題も見えてくるようになった。

肉厚の手のひらサイズの椎茸を知ったとき、彼は思った。これは都会で売れる。地元で販売されている値段が安すぎる。東京に持っていけば、ここでの販売価格の10倍の価格で売れるかもしれない。何より、椎茸栽培の技術を途絶えさせては勿体無い。そうして、地元の方から指導を受け、極上の椎茸の栽培を始めようと立ち上がった。

 

ーーー椎茸が育つのは2年半後

菌を打った原木は、森の中に持っていく。

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椎茸が育つのは、半日陰で湿気のあるところ。

椎茸が本格的に取れるようになるのは、夏を2回越してから。

椎茸栽培で最も気をつけなければならないのは、猿に食べられないようにすることだそう。

猿は頭が良い。犬を飼っていても、リードで繋がれていれば気にせず近くまで来て農作物を食べる。

椎茸の原木の周りに猿対策を施すことが、次の課題だ。

 

田舎でもお金を生み出せることを証明したい。

大杉谷産の彼らの椎茸は、そんな想いを背負って立派に育っていく。

 

ーーー古来からの技術が、里山にはまだ生きている

椎茸の他にも、里山には古来から受け継がれてきた数多くの技術が存在する。しかし、高齢化によりその技術が途絶えつつあるのが現状だ。何世代にも渡り、人から人へ伝えられてきた生きる術。

古くからの日本の、素晴らしく美しい、そして丁寧な技術を継承するという一つの選択。

中村康一さん:都会にいる時は、先が見えなくて不安でした。田舎に来たのは、多くの可能性が残されていると思ったから。ここでは、都会とは全く異なった時間軸で動いています。ゆっくりと流れる時間。一方で、地域の方々からいただく言葉や教わる作法には、ひとつひとつに重みがある。いま私は、呼吸するだけで幸せと感じることができています。

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生き生きとしているのは彼だけではない。

彼に引っ張ってもらい、廃れ始めていた椎茸作りをもう一度再生しようと共に立ち上がった地域の年配の方々も、まるで少年や少女のような表情で輝いているのだ。

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ここでは、都会出身の若者が三重県の里山という日本の末端から、日本を元気にしている。


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